


よく知られた人物ばかりを扱っていても、飛ばし読み出来ない面白さです。短くまとめたダイジェストですが、このキレイで面白いまとめ方はさすがです。(Kerog*)
内容
文武に秀でた奔放な性格、脱藩をくり返しても許され主家に頼りにされた鬼才高杉晋作、幕末徳川の忠臣、稀有の財政家小栗上野介、不屈のさむらい精神を発揮した至誠の人松平容保、貧苦を刺激に絵筆に燃えた葛飾北斎……彼等を必要とした時代が生んだ、かけがえのない男たちの波瀾の生涯を描く、初期短編集。(出版社/著者からの内容紹介)
この短編集に収められた作品全7編のうち、5編が幕末の人物を扱っていたため、分類を ”幕末・歴史小説” としました。
初期の作品ながら、簡潔な言葉使いにテンポの良い文体で、すでに池波正太郎スタイルが確立されています。
「忠臣蔵」そのものズバリ、元禄赤穂事件。
しかし、松の廊下での刃傷から討ち入りまでの一連の出来事にはほとんど触れず、内匠頭と上野介の人物像や討ち入り時の顛末を、池波正太郎氏の解釈で描かれた、どちらかというとエッセイのような作品。これが本当に面白い!
事件そのものは、哀しいかな使い古されたネタです。ドラマなどではすっかり美化されてしまっているし、勧善懲悪が受けた時代が長かったこともあり、ヒーロー・内蔵助、悪役・上野介の構図が出来上がってしまっているので、最近は史実的な作品は「異説」「新説」と呼ばれることがあるほどです。赤穂で生まれ育った私も、「忠義の素晴らしさ」みたいなものを義士教育で植え付けられてた気がします。
ところが池波氏は、作中で、「史実的な忠臣蔵がつくられてもよいと思う」と語っています。これが書かれたのは1961年、私たちが義士教育を受けていたのはその20年後くらいです。はじめてこの作品を読んだとき、いつまでたっても美化された忠臣蔵を、地元の子供に押し付けていた(今でもそうかもしれません)赤穂の義士教育について、いくら地元びいきとはいえ、考え直さなくちゃいけないのではと思いました。そう、地元だからこそ、しっかり史実をやらなあかんと、再読するたびに思います。
話がそれましたが、池波正太郎氏の内匠頭は「男色好きで、火事に異様な神経を使う、超ドケチな神経質野郎」とし、上野介は、「傲慢ではあったが、それなりの業績も残した人物」と解釈されています。
また、この作品ならではの人物としては、上野介の実子である上杉綱憲の命よって、上野介の身辺警護についていた人物の一人、山吉新八という上杉藩士が登場します。彼の登場と前述の池波氏の人物解釈が、「忠臣蔵」と題しながらも作品のオリジナリティを濃くしてくれています。
「奇人・北斎」(後日追記予定)
「若き獅子」表題作。高杉晋作ダイジェストの傑作短編。
幕末の世をものすごいスピードで駆け抜けた高杉晋作という人物の生涯を、わずか22pと数行で描いていることにまずは驚きました。なにせ彼の思考や行動はぶっ飛んでいるうえ、舞台は動乱の世。関わった人物や業も数多く、とても短編で語れる生涯ではありません。
しかし、池波氏は史実を並べる伝記的手法ではなく、「2度の脱藩」を話の軸に、その人となりを浮かび上がらせるための厳選されたエピソードで彼の生涯を追っていて、高杉晋作の魅力とも言うべき、人間としての奇抜な面白さ、鬼才ぶりをちゃんと浮き出させています。
そんな理由もあって、この作品は、高杉晋作についてあまり知らない人よりも、ある程度知っている人の方が「高杉らしい!」とうなずける下りが満載で、いろいろと楽しめるような気がします。
「悲運の英雄」 長岡藩家老河井継之助を描いた作品。
(後日追記予定)
「壮烈なる孤忠」 最後の会津藩主、松平容保を描いた作品。
「新選組敗走記」 鳥羽・伏見の戦いに敗れ、江戸に戻った新選組が、甲陽鎮撫隊として甲府に向かうところから、それぞれのたどる末路を描いた作品。こちらもダイジェストとして素晴らしい。
(後日追記予定)
「明治元年の逆賊」幕臣小栗上野介忠順の生涯を取り上げた作品。
多くの幕臣が維新後に逆賊として処刑されたらしいですが、そのことに触れるたび、時流というのはとても抗いがたく、地位や名誉なんてもろくはかないものなんだなぁと、しみじみ思うものです。
小栗上野介は、旗本の名家で、日米修好条約締結の際には、目付としてアメリカに渡っているいわばエリート。ところがこのエリートはクソ真面目で、汚れたところがない。それどころかいい仕事をする。とても好感の持てる人物です。そんな彼が、大政奉還により後ろ盾を失いながらも、幕臣らしく堂々と振る舞い、逆賊とされるも、最後の最後まであっぱれ。司馬遼太郎氏の作品では、度々オバカな扱いをされていたので意外な人物解釈の作品でした。
(後日追記予定)
1994年5月読了